Africa想い出部屋

裏町の終幕

ナイロビの裏町。一流とは言えないが小綺麗なホテル。
髪に白い物が目立つ初老の白人男性。
お手伝いさんかとも思える垢抜けない娼婦。

昔のハリウッド映画にでも出てきそうなこの絶妙な(?)設定で、あなたならどんなストーリーを書きますか?

人生の落日、裏町の終幕を。。。

階段の踊り場に・・・

私はレセプションに用があって部屋を出た。
するとエレベーターホールに、ホテル・マネジャーのマイケルと数人の警備員がいるのが目に入った。
挨拶した私に簡単に挨拶を返し、マイケルは視線を階段の踊り場に戻した。

私もつられて目をやった先に、朝食のレストランで見かけた白人男性が倒れていた。側には、レストランでも一緒だったアフリカ人のお手伝いさんのような女性が立っている。

マイケルがかなり苛立った声で「よし、下ろしてくれ」と言った。
担架か何かを運んでくるものと思って眺めていたのだが、警備員とレセプションの男性が4人がかりで、それぞれに手足を1本ずつつかんで降ろし始めた。

ぞっとした。こんなの見るの初めてだ。警備員が握った手首の近くが、ぱっくりと口を開けた。奇妙に白い傷口が、両方の手首に、ぱっくりと口を開けた。
自殺?!
運びおろされていく男性、付き添って階段を下りていくお手伝いさんを見送ったあと、暫く茫然としてしまった。

上の階から降りてきた男性が、声をかけてきた。
「この上の階に泊まっていた人だそうです。あの娼婦と、昨日から泊まっていたそうですよ。自殺を図ったんで、あの女が、レセプションに連絡したらしいですよ」

そこに私たちの部屋の担当もしてくれているルーム・メイドたちも降りてきてた。
「5階に泊まっていた人なんだけれど、昨日から泊まってて、今朝、手首を切ったんですって」
「本当に、白人のすることはわからないわ。人騒がせな話よ」
他のメイド達も口々に罵り始めた。

部屋に戻り、エレベーター・ホールで見たこと、メイドやあの男性から聞いたことを話すと、連れ合いはいたく興味をそそられたようで、見に行こうとしたが止めた。

そして、いろいろあの白人のストーリーを想像しはじめた。
どこで生まれ、どこで育ち、何をして生きてきたのか。
家族は? 身寄りは?

私にはお手伝いさんにしか見えないあの女性を、連れ合いも階段で会った男性も娼婦だという。

この、決して豪華ではないナイロビの裏町のホテルで、白髪の男が、なぜ?
彼の人生に何があり、どんな哲学で彼が自殺を選んだのか?

朝のレストランでは普通に食事をしていたように見えたけれど。。。


良かった、助かった

「あの人、死んでいません。元気ですが、病気です」
午後になって用があって下に降りていた連れ合いが、戻ってきて笑いながらそう言った。

あの白人が歩いて戻ってきたという。手首に包帯を巻いて、元気な足取りで。

それを見たとき、連れ合いは「良かった!」と思ったそうだ。
続いてマネージャーのマイケルが入ってきたので「やぁ、マイケル。ご苦労様」とねぎらいの声をかけたそうだ。

するとマイケルはキクユ語で大変な悪態をつき始めたそうだ。
「ピーター! あの、ゴミをどうにかしてくれよ! ゴミ捨て場にでも、インド洋にでも、何処にでも捨ててきてくれ。2度と見たくもない」
あとはここに書けば問題になりそうな表現が続いたそうだ。
でも、無理もない・・・・


壊れているよ・・・

あの白人は、昨日の夜、あの娼婦と街で出会い、このホテルまで来た。
いつケニャに来たのか、いつまで滞在する予定かは定かでないが、夕べはここに泊まった。
朝になって、彼女がシャワーをしているとき、彼は1人ベッドの上に残った。
昨日買ってあったジンを思いだし、封を切って飲みだした。そしてなんと、彼は一本丸ごと空けてしまったそうだ。
ジン一本が詰まった胃袋と脳味噌で、彼は人生を哲学した。

「人生ってつまらいなぁ。何にもすることもないし・・・。
「今日も別に予定ないし・・・・。
「退屈だし・・・。
「一回死んでみようかなぁ・・・。

彼は手近にあったナイフで首、手首ではない首を切った。だが死ねなかった。
首は切りにくいと思って、左手首を切った。だが死ねなかった。
じゃぁ、もう一度試してみようと思って、右手首も切った。だが死ねなかった。
これは切るのではなく、突き刺した方が良いと哲学して、もう一度首にナイフを刺して、どの角度でもっと突っ込もうかとモガモガしているところへ例の娼婦がシャワーを終えて出てきたそうだ。

当然のことながら彼女はレセプションに助けを求め、マネジャーを始め数人が駆けつけた次第。
病院に連れていこうとするマイケル達に、この白人、行きたくないとごねたそうだ。
だがどうしてもつれていこうとすると「救急車とかで運ばれるのはイヤだ、歩いていく」と言い張り、そしてあの私が見た踊り場で「やっぱり行きたくない」と子供のように寝っ転がったそうだ。

道理で、担架も持ってこずに、引きずりおろすように運んでいったわけだ。


病院にて

病院に着いたとき、ドクターは驚いた。
なにせ、首に2カ所と両手首に切ったり突いたりの痕があるわけだから。ただ、傷は大したこと無かったそうだ。
道理で私が見たとき、ぱっくり口を開けた傷は、血の色がしていなかった訳だ。

だが心優しいドクターは、傷の多さから、縫合手術をした方がよいと判断した。早速麻酔の準備を看護婦に指示したところ、この男性
「今までの人生で手術というものを経験したことがない。ぜひとも我が目で見てみたいから、麻酔は拒否する」

すったもんだの末、麻酔無しで縫合、さて入院ということになった。
傷は大したことがないし、念のために縫ったから問題はないと思うが、精神的に参っているのかも知れないから、経過観察のためにも入院した方がよいとドクターは判断した。だが男性は
「今までの人生で入院というものを経験したことがない。寂しくて自分には耐えられないだろうから、入院は拒否する」

心優しいドクターにも限界がある。マイケルに向かってキクユ語で「こんなゴミ、何処へでも捨ててくれ。もう関わりたくない。抜糸も、他の病院へ行ってくれ。あんたのところも、こんな疫病神泊めとかないで追い出してしまった方が良いんじゃないか!?」


彼の噂を聞いたものは・・・

少なくとも50代にみえる白人の男性でした。
私たちが不謹慎にもいろいろ想像していたような、ハリウッド映画になりそうなストーリー性の全くない、たぶんドラッグかなんかで壊れてしまった人じゃなかったのかなって思います。

東アフリカ・ケニャ、裏町の安ホテル、初老の白人、寂しげな娼婦。
こんなに舞台と役者が揃っていれば、ストーリーなんてハーレ・クイン並に書けるでしょうに…

旅に限らず、私の人生の中でも群を抜いた、何ていえばいいのか、、、
最高のキャラクターでした、この白人のおじさん。

念のため:このおじさん、当日中にマイケルから追放の憂き目にあったそうで、その後彼のうわさを聞いたものはいない・・・