Africa想い出部屋

詐欺師は二度声をかける!

98年8月、ケニャ、タンザニア両国の首都で、アメリカ大使館に対して同時爆破テロが仕掛けられたことは、いまも記憶に残っていることでしょう。
特にケニャでは被害も大きく、たくさんの方が亡くなりました。

その98年10月、事件後まだ日もたたないナイロビを訪れた私は、とても腹の立つ詐欺師に出会いました。詐欺師というのは、むろん嘘をつくわけなのですが、こいつには本当に腹が立ちました。
連れ合いの友人や知人にも、何人か亡くなったり怪我をした方がいましたから、よけいに腹が立ったのです。

ところが99年に、その詐欺師に、また出会ったんです、私たち。

98年10月

私たちがシティ・センターにあるスーパー・マーケットに入ると、後を追うようにして、大柄な初老の男性が入ってきました。
「久しぶりですね、覚えていますか?」
そういって彼は連れ合いに声をかけてきました。
「どこかで、お会いしましたか?」
連れ合いは覚えていない風でした。
「ええ? 奥さんが日本人だと聞いていたので、間違いではないと思うんですが。確か、ナクルでお目にかかったと」
連れあいはナクルに住んでいますから、彼がど忘れしているのだと思いました。
「ナクルのどちらで?」
2人はなんやかやと話している。
そのうちにわかったことは;
彼は警察署長で、連れ合いの親友であるワホメ署長とも大変親しいが、ワホメが今どこの署にいるのかは知らない。また彼は、ナクルの署長だったこともあるが、連れ合いの住まいとは反対側に住んでいたので、土地勘はない。そのほかいろいろと連れあいの話にあわせてくるのだが、どれも最後の ”押し” というかキメがない。
あまり話が合うので、私はやっぱり連れ合いが忘れているのだろうと思いましたが、連れ合いだけは、私のことも知っているというその男性に、不信感を持ったようです。
スーパーのなかで立ち話をし、別れ際、彼は本来の目的を持ち出しました。

彼の息子が、大使館の爆破テロで大怪我を負い、ナイロビ病院で手当を受けていたが、とうとう亡くなってしまった。遺体を故郷まで運ぶため病院を出発したが、ガソリン代が若干不足している。みんなで、どうしたものかと言いつつ車を走らせているとき、私たちがこのスーパーに入るところを見かけ、知り合いのよしみでカンパしてもらえないか頼んでみるからと、今みんなを車に残してこうやって追いかけてきた。

いたく同情した風で返事をしていた連れ合いでしたが、カンパにはOKしない。それが私には不思議でした。ストリート・チルドレンにも、シンナーは吸うなよと言いながら、時折お金を上げるような人ですから。
「今はここまでちょっと来ただけで、持ち合わせがないので」
「スーパーに来ているんだから、お金を持っていないことはないでしょう。ほんの少々でいいのですから」
「買い物はカードでするから、お金は全く持っていないのです」
「あなたほどの人が、お金を持たずに出歩くことはないでしょう。ほんの気持ちだけ、お願いしたいのです」
何度も繰り返したあげく
「ここにも歩いてきているぐらいで、バス代だって持っていません」
「そうですか。わかりました。仕方がありません。それでは、またお互いに困ったときには助け合いましょう」
そういってその男性は離れていきました。

いぶかる私に連れ合いは、
「人が亡くなって、その遺体を故郷に運ぶというのはとても重要なことで、ガソリン代に不安がある状態で出発など絶対にしない。移送費だけではなく、田舎での埋葬料、つまり墓掘り人夫の費用や、ミサのためのお金とか、全部集まってからでないと出発しないよ。だって、途中で立ち往生したらどうするの?」
「じゃぁ、あれは全部嘘?」
「今、あの事件のことで、みんなが同情的になっているからね。あの事件のことを出せば、特にあなたは外国人だから、同情してお金を出すと思ったのでしょう。私は、友達も怪我したし、別な友達の奥さんもまだ入院中だし、本当の被害者になら出来る限りのカンパはしたいけれど、あの人は詐欺師だと思うよ」

それでも私は、ほんの少し、そう、0.5%ぐらいは、本当に連れ合いのことを知っている人ではないのかなとも思っていました。
嘘だったら、本当に腹が立つ。
でも、もしも、本当に息子さんが亡くなったんだとしたら・・・。私たちが少しのお金を出し惜しんだことで、故郷にご遺体を戻すのが遅れたら、お気の毒だわ、と。
でも、きっと嘘なんだろう。。。


99年8月

私と連れ合い、青年眞ちゃんの3人で、ヤヤ・センターのG階にあるスーパー・マーケットへ行きました。あまり広くもない店内を、三人三様、好きに見て回ることにしました。
おみやげのスパイスやチョコレートなどを選び、あとまだめぼしい物はと眺めつつ、レジの近くでなにやら話している連れ合いと眞ちゃんのところへ近づいていこうとしたとき、大柄な男性がレジの方へ歩いていくのが目に入りました。

あの人、誰だったかしら。知ってるみたいな気がする・・・。
あっ、子供が亡くなった人だ。
すぐに、去年、街のスーパーで話しかけてきた人だと気がつきました。私が気がついたちょうどそのとき、そのおじさんは連れ合いに声をかけるところでした。
やっぱり知り合いだったんだ。じゃぁ、去年の話も嘘じゃなかったんだ。
そう思いながら私はそこで立ち止まり、棚の品を物色し始めました。

ほんのしばらくで、その男性が二人のところから離れていきました。そして連れ合いの顔には、必死で押さえている笑いが。

「あの人、去年の人じゃなかったの?」
「覚えていたの? そう、去年の人」
「やっぱり知り合いだったんじゃない。だから、また声をかけてきたんでしょう?」
「違うよ。詐欺師だよ」

男性は、連れ合いのところへ近づいてこういったそうです。
「彼(眞ちゃん)の知り合いですか? たぶん彼は覚えていないでしょうが、入国審査の時、彼のパスポートにスタンプしたのは私なんですよ」
「きっと覚えてないですよ。話しても無駄でしょう、言葉も通じないし」

連れ合いは、彼から声をかけられたとき、すぐに「あいつだ!」と気がついたそうです。でも、件の男性はそんなことなど記憶にないらしく、『入国審査官』だと名乗ったそうです。それで素っ気なく覚えてなんかいないだろうよと告げて、話を切り上げたというのです。

「ほかにはなにを言ったの、あの人?」
「何も言っていないよ。覚えていないからって言ったもの」
「どうして! うまく話を続けたらおもしろかったのに」
「そんな暇、ないよ。でも、近くにワホメか、ほかの警察官でもいたら、言ってやったのに」
「えっ、なんて言うの?」
「あなたの同僚で、今年、入国審査官を発令されたのはこの人です、ってね」


専門家?

彼は、外国人と一緒にいるケニャ人専門に声をかけているのでしょうか?
それにしても世間は狭いと言えばいいのか、なんと言えばいいのか。
きっと、私のことが目に入っていなかったんでしょうね。

でも、眞ちゃん一人の時に声をかけてこなくってよかった。
眞ちゃんは純真青年だから、信じていたかもしれない。